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備忘録

統合失調症と診断されてから3年が経った

 題のとおりです。2020年5月に幻覚や妄想などの陽性症状がピークに達し閉鎖病棟にぶち込まれ、そこで統合失調症と診断されてから3年の月日が経ちました。当時のあれこれはこちらの記事に詳しく書かれてます。

516.hateblo.jp

 現在は薬のおかげで認知機能障害や陰性症状もだいぶ回復してほぼ寛解したと言ってもいい状態にまで持ってこれました。せっかくなのでその際の経過と個人的な感想をつらつらと書いていきます。一応当事者に向けた情報も書いていこうと思いますが、あまり参考にならないんじゃないかと思います。薬の量や症状の重さが人によりけりな部分が大きい病気なので「ふーん」程度に留めていただけると幸いです。

飲んでる薬

抗精神病薬について

 発病当時から閉鎖病棟を退院するまではオランザピン(ジプレキサ)とリスペリドンを飲んでいました(量は忘れたけど徐々に増えていったことは覚えてる)。退院して別の病院へ通院方式になった時点でリスペリドン一択になり2㎎×3錠をしばらく飲んでいました。

 どうしてオランザピンが抜けたかというと、この薬激太りしやすくなることで有名なんですよね。食欲増加と非定型抗精神病薬による副作用の代謝低下のダブルコンボで下手すれば糖尿病になりさえします。幸い私の場合はその期間は味が薄くて量も多くない病院食を食べていて退院後はウォーキングを中心に運動していたのであまり影響を受けませんでした。

 それからはリスペリドンのみをしばらく飲んでいたんですが、陰性症状が続いていた期間だったからかこの時期は本当に虚無でした。読書が好きなのに文章も読めない、眠気ばかりでやる気も起きない、ひたすら無気力で生きる活力も湧かないのトリプルコンボで非常に堪えました。二度とあの灰色の日常に戻りたくない。

 リスペリドンのおかげからか幻聴や妄想などの陽性症状はまったくと言ってもいいほど皆無だったんですが、副作用に性機能障害が出てしまってそれが非常に気になりました。調べてもらったらわかると思うので私の口からは詳細を省きますが、(主治医との相談の元)減薬しても副作用が改善せず気になるが辛いになるのも時間の問題だったので、主治医と相談してリスペリドン自体をほかの薬へ変えてもらいました。これが現在まで飲み続けてるラツーダ20㎎×3錠になります。

 それでラツーダの飲み心地なんですが、結論から言うといままで飲んだ薬の中でいちばん合ってると感じます。切り替えてからは上の副作用もなくなりましたし、薬の影響なのか陰性症状が軽減してきた影響からかはわかりませんが、リスペリドンを飲んでいたときに感じていただるさや無気力が徐々に改善しはじめ、少しだけでもあれをやってみたいこれをやってみたいと思えるようになりました。現在ではやる気や生きる活力はすっかり回復して、幻聴や妄想などの症状も引き続き皆無でした。これからもなるべく飲み忘れがないように継続して飲んでいくつもりです。

睡眠薬について

 次に睡眠薬について書きます。ラツーダに切り替えてから不眠の傾向が見えはじめ、最初はエスゾピクロン1㎎×2錠を飲んでいました。しかし徐々に効かなくなり、主治医に相談してデエビゴ5㎎×1錠に変えてもらうとしばらくは楽に眠ることができました。

 それでも身体が慣れてしまったのかデエビゴ5㎎だけでは眠れないこともあり、そのときは5㎎×2錠に増やしてもらい、それを飲んで眠れてました。それとは別に睡眠薬の残存効果のせいか日中眠気がすごくて睡眠時間とは別に一日4~6時間ぐらいの昼寝をしてしまうのが個人的に悩ましく思っていたので、ある日眠れそうな予感がしたときに思い切ってデエビゴを飲まずに寝ようとしたら意外にすっと眠れたのでそれ以降は睡眠薬を飲んでません。日中の眠気もそれが原因だったようでかなり改善しました。

 これを言うと矛盾してるじゃないかと言われそうなんですが、上の不眠事情とは別にカフェインの力を借りて夜更かしして朝まで起きてる日もありました。日中は睡眠薬の残存効果のせいで昼寝してしまってるのと基本的に夜型なので勉強や活動などの可処分時間を多くするには深夜の時間を使っていたほうがお得で、使わざるを得ないんですよね。

 この夜更かしは睡眠薬を飲んでいた時期も飲まなくなった時期も続いていて、現在は「特に睡眠薬を飲まなくても入眠できるし、その気になれば夜更かしして朝まで起きていられて、その気になれば崩れた生活リズムも気合いの入眠で元に戻せる」状態にまでなりました。ハイブリッドですね。一周回って普通になりました。

デイケアなどの医療サービス

 個人的に無意味だと思うし嫌なので使ってません。いままで使ったこともないし、これからも使うつもりはないです。

 どうして嫌かというと、どうせデイケア閉鎖病棟の環境の延長線上にしかないものと見当がついてしまうからです。たとえば閉鎖病棟にはプログラムと呼ばれるレクリエーションがあり、その内容はというと希望者が集まって映画鑑賞、塗り絵、カラオケ、簡単な体操を行うのですが、これがまず私には性に合いませんでした。正直レクのほかに何もやることないからしぶしぶ消極的にやるレベルでレクの定義で示されているような娯楽ですらありません。心底つまらなかったし嫌でした。

 先ほど「希望者」と書いたのですが、希望者なのはたとえば全員強制参加だと少ない看護士・職員の手がまわらずパンクするからです。ではレクに参加しない人間はどうしてるのか? 結論から言うとそのへんでボーっとしていたり寝っ転がったり病棟内を歩き回ったりするなど非生産的な行動しかできません。つまり無為に時間を持て余しており、私はこのレクに参加してもしなくても無為に感じる時間を過ごさなければいけないのと、長時間拘束されるのが本当に嫌なので閉鎖病棟にとにかく良い思い出がありません。閉鎖環境じゃないだけでデイケアのプログラムも似たりよったりだと見当がつくので欠片も興味がありません。二度とあんな思いはごめんです。

 訪問看護サービスも数カ月間だけ利用していたのですが、これも肌に合わなかったのでやめました。睡眠薬の残存効果のせいで眠気がすごいのに週に1回決まった時間に起きていなければいけなくて、その内容はというと体調はどうですか⇔特に問題ありませんのラリーと血圧を測るだけ。

 実際に体調に問題があるなら意味があるんですけど、私の場合は眠気以外は幻聴も妄想も強い不安も体調も特に何もなかったのであまり意味があるとは思えませんでした。ただこれは私には合わなかったというだけでほかの方にとってはもしかしたら体調次第で意味があるんじゃないかと思います。ただ個人的にデイケアだけはおすすめしないです。

メンタルについて

 リスペリドンを飲んでいた時期は意欲の平坦さこそありましたが感情の浮き沈みが激しいということはありませんでした。将来の展望が見えないのはあれど生きる執念だけはあったので逆にネットサーフィンしていて希死念慮があるとか鬱症状が続いてる人が意外と多いことに驚きました。

 主治医と話してるときによく「死にたくなったり自傷したくなったりすることはないか」と聞かれて、そのたび私はまったくないと答えていたのでようやくその質問の意味がわかった気分です。ふと気になって主治医に自分の症状の具合はどれほどなのか訊いてみたところ「かなり良い方」と言われたのでそういうことなんだと思います。

障害年金などの制度

 利用してません。申請しようとも考えましたが初診日の関係でちょっとこれ難しいんじゃないかと諦めてからは面倒なので放っぽってます。障害者手帳の申請も面倒なのでしていません。現在の状態だと個人的に申請するメリットかなり薄いんじゃないかと思うのでこれからもする予定はないと思います。

今後の展望と個人的な感想

 体調も安定したことですし当分は資格取得しながら就活(転職)に注力すると思います。人生が正念場なので本腰入れていきます。

 最初に当事者にとってあまり参考にならないんじゃないかと言ったのは、私自身の症状の変遷を経て「自らの境遇にこだわればこだわるほどあなたの苦しみは誰かの同じ境遇の苦しみでしか真に癒やせないし、誰かの苦しみの完癒はあなたの不幸にさえなりうる」と感じるようになったからです。

 これはシンプルな話で、「いま」苦しんでいるときに「とっくのとうに」似たような苦しみから脱却した人のアドバイスなんて、未来から来た自分自身でもない限り、話す内容の仔細によってはマウンティングや梯子を外されたと受け取られかねないリスクを考慮すると参考になるかどうか以前の話になってくるし、実際のところホールデンに向けてアントリーニ先生が語ったような《美しい相互援助にまつわること》 *1 なんて、「純粋な形では」私には感じとることができないからです。

 流石にこの定言を声高に主張するレベルには論理的にも感情的にも至ってないんですが、とはいえ個人的な思いつきに留めておくのも忍びないのでどう受け止めるかは読み手の方に任せようと思います。

 最後にひとこと。自分の勝手な判断で断薬はするな。後悔することになる。以上。

 それではこのあたりで。ここまで読んでくださってありがとうございました。

COMFORT【やすらぎ】名 隣人の不安を見て生じる心理。
アンブローズ・ビアス著・筒井康隆訳『筒井版 悪魔の辞典〈完全補注〉㊤』講談社+α文庫 2009年 p.82)

*1:《何よりもまず、君は、人間の行為に困惑し、驚愕し、はげしい嫌悪さえ感じたのは、君が最初ではないということを知るだろう。その点では君は決して孤独じゃない、それを知って君は感動し、鼓舞されると思うんだ。今の君とちょうど同じように、道徳的な、また精神的な悩みに苦しんだ人間はいっぱいいたんだから。幸いなことに、その中の何人かが、自分の悩みの記録を残してくれた。君はそこから学ぶことができる──君がもしその気になればだけど。そして、もし君に他に与える何かがあるならば、将来、それとちょうど同じように、今度はほかの誰かが、君から何かを学ぶだろう。これは美しい相互援助というものじゃないか。こいつは教育じゃない。歴史だよ。詩だよ》
( J.D.サリンジャー著・野崎孝訳『ライ麦畑でつかまえて白水Uブックス 1984年 pp.294-295)